「介護は昔からあったの?」
そう疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
現在のような介護保険制度や介護施設はありませんでしたが、人を支え、助け合うという文化は戦国時代にも確かに存在していました。
高齢の親を世話する家族、病気や戦傷を負った武士を看病する妻や家臣、困窮する人々を支援する寺院や僧侶たち。
戦乱の世だからこそ、人を支え合うことは生活に欠かせないものでした。
今回は、戦国時代の介護の歴史と、現代の介護との違いについて分かりやすく解説します。
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戦国時代に「介護」という考え方はあった?
結論から言えば、現在のような介護保険制度や介護福祉士を前提とした「介護」という概念は存在していませんでした。
しかし、
- 高齢者の世話
- 病人の看病
- 障害のある人への支援
- 戦で負傷した武士の介抱
といった行為は日常的に行われていました。
つまり、「介護」という制度はなくても、「人を支える」という文化は昔から日本社会に根付いていたのです。
戦国時代の介護は家族が中心だった
現代では介護施設や訪問介護など、多くの支援サービスがあります。
一方、戦国時代にはそのような制度は存在しませんでした。
そのため、高齢者や病人の世話は主に
- 家族
- 親族
- 同じ村の人々
が担っていました。
特に武家や農村では、親の面倒を見ることは家族の大切な役割と考えられていました。
また、仏教の慈悲の教えや、武家社会に広まりつつあった儒教の孝の思想も、人を敬い支える価値観に影響を与えていたと考えられています。
介護は職業ではなく、「家族や地域が助け合うもの」という考え方が一般的だったのです。
戦場では負傷した武士を看病していた
戦国時代は戦が絶えない時代でした。
そのため、多くの武士が刀傷や鉄砲傷を負い、生き延びた後も長期間の療養が必要になることがありました。
負傷した武士は、
- 妻
- 母
- 家臣
- 医師(薬師)
などによって看病を受けました。
傷口の手当てだけでなく、
- 食事を与える
- 寝起きを手伝う
- 回復するまで身の回りの世話をする
といった支援も行われており、現代でいう介護に近い役割を果たしていたと考えられます。
雑兵めし物語 戦国庶民の食事情 (バンブーコミックス) [ 重野なおき ]
寺院は地域福祉の中心でもあった
戦国時代の寺院は、単なる宗教施設ではありませんでした。
僧侶は仏教の慈悲の精神に基づき、
- 病人の看病
- 貧しい人への施し
- 孤児や身寄りのない人の保護
- 飢饉や災害時の救済
など、地域を支える活動を行っていました。
現代の社会福祉施設や介護施設とは役割が異なりますが、「困っている人を支える」という意味では、福祉の原点ともいえる存在だったのです。
当時の庶民の暮らしを描いた漫画『雑兵めし物語』でも、主人公・作兵衛が身寄りのない少女・つるを寺へ連れて行う場面が描かれています。創作作品ではありますが、寺院が弱い立場の人々を受け入れる存在として描かれており、当時の福祉のあり方をイメージしやすいエピソードです。
戦国武将も高齢者や弱い立場の人を大切にした
戦国武将というと、戦ばかりしていた印象を持つ方も多いでしょう。
しかし、実際には高齢の家臣の経験や知恵を重視する武将も少なくありませんでした。
年配の家臣は、
- 軍師
- 教育係
- 政治の相談役
として活躍し、年齢を重ねても重要な役割を担っていました。
戦国時代は実力主義の側面が強い一方で、経験豊かな高齢者が重用される場面も少なくありませんでした。
戦国時代の介護と現代の介護の違い
では、戦国時代の介護と現代の介護には、どのような違いがあるのでしょうか。主な違いを表にまとめました。
| 項目 | 戦国時代 | 現代 |
|---|---|---|
| 介護の担い手 | 家族・親族・地域 | 家族・介護職・地域 |
| 制度 | 介護制度はない | 介護保険制度がある |
| 医療 | 医療技術が限られていた | 医療と介護が連携している |
| 支援する場所 | 自宅や寺院が中心 | 自宅・施設・病院など多様 |
| 支援者 | 家族や僧侶 | 介護福祉士・看護師・ケアマネジャーなど専門職 |
このように、介護の担い手や制度は大きく変化しましたが、「人を支える」という本質は今も昔も変わっていません。
最も大きな違いは、介護が「家族だけの役割」から、「社会全体で支える仕組み」へ発展したことでしょう。
現在では介護保険制度によって、家族だけが負担を抱え込まない仕組みが整えられています。
戦国時代から受け継がれる「支え合い」の心
介護保険制度が始まったのは2000年です。
制度としての歴史は比較的新しいものですが、「誰かを支えたい」という気持ちは何百年も前から受け継がれてきました。
家族が親を思いやる心。
地域で助け合う文化。
病人や高齢者を支える人々の存在。
形は変わっても、その根底にある「支え合い」の精神は、戦国時代から現代まで脈々と受け継がれているのです。
まとめ
戦国時代には、現在のような介護保険制度や介護福祉士は存在していませんでした。
しかし、高齢者や病人、障害のある人、戦で傷ついた人々を支える文化は確かに存在し、その中心となったのは家族や地域、そして寺院でした。
現代では専門職や介護保険制度によって、より多くの人が安心して支援を受けられる社会になっています。
介護の形は時代とともに変化しましたが、「困っている人を支えたい」という思いは、戦国時代から現代へと受け継がれてきた日本の大切な文化の一つと言えるでしょう。
戦国時代の介護を知ることで、現代の介護制度や介護福祉士の役割、そして日本人が受け継いできた「支え合い」の文化を、より深く理解できるのではないでしょうか。


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